身を収めていたのだが

身を収めていたのだが、ついに移動するらしい。

 

それは土方の一言からだった。

 

スパンッ

 

 

「おい!起きろ!」

 

 

朝。いや、早朝だった。

部屋の襖が豪快に開かれたのは。

 

美海達は一部屋で雑魚寝していた。

ここの所、緊迫状態で神経が過敏になっているのか、眠たいはずなのにすぐに目は覚めた。

 

 

──何時間寝た?【公司審計】公司審計是什麼?需要如何進行?

 

あまり寝てないように思える。

 

目元の隈を擦りながら布団から重たい体を起こした。

 

ぼんやりと目を窓に移す。まだ陽も登っていないため、夜かと錯覚してしまう。

 

いや、実際朝なのか?

 

 

そんな疑問を抱きながらも土方に目を移した。

 

昨日は結局会わなかったため、久しぶりだ。

 

 

「……なんですか?」

 

早起きの沖田にも流石に疲れの色が見える。

 

斉藤も心ここにあらずな状態で額を押さえていた。

 

 

市村は本当に疲れ果ててしまったのか一向に起きる気配はなく、規則正しい寝息が響かせていた。

 

 

「俺は今から旧幕府軍に加わる」

 

 

「え?」

 

沖田はみるみる目を丸くした。

 

旧幕府軍…。

 

「…それは、戦う意思のある方達なんですか?」

 

沖田はそれが気になったようだ。

 

 

「もちろん」

 

土方がそう答える。

 

「で、私達はどうすれば?」

 

 

──ヤバい。頭がガンガンする。

 

美海は閉まりそうな目で項垂れた。

「それなんだが…」

 

土方は言いづらそうに目配せした。

 

 

なに?

 

美海はもはや口に出して聞く気力もない。

 

 

「斉藤くん」

 

「…はい」

 

 

突如自分の名前を呼ばれ、斉藤は返事に間があった。

まだ微妙に脳が働いていないのだろう。

 

 

「会津に向かってくれないか?」

 

「……会津…?」

 

斉藤は目を見開いた。

驚きを隠せないようだ。

 

 

なぜ、自分が会津に?

 

 

「会津には…、俺一人で?」

 

「いや、隊士を数人連れていってもらって構わない。もちろん美海でも総司でも、市村でも。

斉藤くんに後の『新撰組』のことは任せたい」

 

 

その言葉に違和感を覚えたが、斉藤は困ったように沖田、美海を見た。

 

正直、美海も驚いている。

 

今度の行き先は東北の国、会津か…

 

「土方さん。土方さんはどこへ?」

 

美海は疑問に思ったため、聞いてみた。

 

 

「宇都宮だ」

 

「宇都宮?」

 

「旧幕府軍と共に宇都宮城を陥落させる」

 

土方は真剣な眼差しで言った。

多分、それと同時に個人で近藤救出を企てるつもりだ。

 

だから、新撰組は斉藤に任せる。

彼らを上手く生きさせるために。

 

 

 

いつもそう。

組織をまとめ上げているように見えて、結局一番大切なことは自分一人で抱え込む。

 

「……私達もいますよ…」

 

美海は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。

「あ?」

 

土方は聞こえなかったらしい。

美海は面倒になって知らないふりをした。

 

 

「…わかりました。会津へ行きます。ただ、最後に。何故会津なのですか?俺は何も知らない」

 

斉藤はそう言った。

 

これからは会津か宇都宮のどちらかが自分の戦場になる。

 

だが、美海も何故会津なのかはわからなかった。

「実は…今、会津はデケェ戦争の準備をしている」

 

土方はそういうと、部屋の戸を閉め、中に座った。

 

 

長くなるのか…。

 

美海はそう感じつつも、段々と目が冴えてきた。

 

土方は淡々と必要なことだけを話した。

Get Started

美海は身震いした。

美海は身震いした。

 

 

ボーッと外を見る。木は葉が落ちて丸裸だ。

 

 

 

早く春にならないかなぁ。

 

「あ」

 

目を凝らすと丁度正面の縁側にも人がいる。

 

 

パタパタパタ

 

 

美海は小走りで近づいた。

 

「山南さん」【公司審計】公司審計是什麼?需要如何進行?

 

 

ゆっくりと山南は顔を上げると微笑んだ。

 

「久しぶりですね」

 

 

「さっき明里から聞いたよ。大変だったね」

 

 

「あぁ!へっちゃらですよ!天下の新撰組があんなことでへこたれますか!」

 

山南も美海も笑った。

 

 

 

「どうしたんですか?最近」

 

「どうもしてないよ?」

 

 

 

「話してくださいよ」

美海は真剣な目だ。

 

 

「ん…いや、なんでもないんだ」

 

山南は出しかけた言葉を飲み込み、笑顔でそう言った。

 

 

「?」

 

「美海くんも早く寝なよ。明日も朝から仕事だろ」

 

 

「あ。本当だ!じゃあ!また話してくださいね!おやすみなさい」

 

 

「あぁ。おやすみ」

 

山南は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

『江戸に帰る。』

 

そう手紙が置いてあったのに気付いたのは次の日であった。

 

その日山南は新撰組から姿を消した。

 

 

バタバタバタバタ!

 

美海は凄い勢いで廊下を走っている。

 

 

 

今回、異例で美海も幹部の緊急会議に呼ばれていた。

 

早朝に天井から山崎が降りてきたため、またセクハラかよ。と思っていたのだが、冷や汗をかいた真っ青な顔が事の重大さを物語っていた。

 

 

「急いで会議室に来てくれ」

 

 

山崎は他には何も話さなかったが美海は早朝にも関わらず目がパッチリと開いた。

 

 

ガラッ!

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

「美海…」

 

襖を開けると藤堂が今にも泣きそうな顔で見ている。

 

 

辺りを見回してもそれぞれが絶望、緊迫、悲壮な顔をしていた。珍しく土方も顔色が悪い。

 

 

 

美海が席に着くと土方は口を開いた。

 

 

「山南さんが……山南敬助が…昨夜未明……脱走した」

 

 

「え…?」

 

美海は口をポカンと開いたままだ。

 

 

「ま…まだわかんねぇじゃねぇか!!」

 

「そうだ!明里さんのところにでも泊まりに言ってんだよ!」

 

 

何も言えない藤堂をおいて永倉と原田が一生懸命山南の弁護をする。弁護というよりその事実を認めたくないのだろう。

 

 

山南さんが…昨夜脱走?

 

昨日私と話したばっかじゃん……。

 

 

「嘘でしょ?」

 

美海はまだ理解出来ていない。

 

 

「うぅっ…本当だ…!」

 

近藤は涙ぐみながら手紙を出した。

 

 

山南からの手紙のようで最後に「江戸に帰る。」と記述している。

 

「…そんな…」

とうとうこうなってしまったか…。

 

 

 

もしかしたら今、この場で一番冷静だったのは沖田だったのかも知れない。

 

 

「土方さん。私が連れ戻してきます」

 

「総司…」

 

 

 

「一番早い馬を飛ばせばまだ間に合います」

 

 

「でも」

 

土方は山南と一番仲が良かったのは沖田と知っているから許可できないのだろう。

 

 

「お願いします!…行かせてください…。大丈夫だから…」

 

 

「……わかった。一番早い馬を使え。ただ。駄目だったらすぐ戻ってこい。この時期は混む。人混みに紛れられたら終わりだ」

 

 

コクリと沖田は頷いて立ち上がった。

 

 

「待って!私も行きます!」

 

美海も立ち上がった。

 

「美海さんはここで待っていてください」

 

 

「でもっ!」

 

隣の斉藤が美海の腕を掴み、首を振っていた。

 

 

沖田は走って馬小屋へ向かった。

 

 

美海はしゃがみ込むと泣き出した。

 

 

「私が…私…昨日山南さんと喋ったんです…。私が最後までちゃんと無理矢理にでも話を聞いていたら…私のせいだ!」

 

近くで藤堂ももらい泣きする。

 

 

 

「お前のせいじゃねぇよ」

 

土方がポンポンと頭を叩いた。

 

「うっ…ひっく…うわぁぁ…」

 

 

部屋には沢山の嗚咽とすすり声が響いた。

 

 

 

総司……。頼むぞ…。

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を思わせるような

を思わせるような、穏やかな微笑が広がったのと同時に、濃姫の全身からすっと力が抜けた…。

 

もはや吐息すら聞こえなくなった室内には、木材の焼ける音だけが虚しく響いている。

 

まじく寄り添い合う夫婦の姿は、立ち込める黒煙によってい隠され、

 

やがてその上に、焼けた天井がガラガラッと音を立てて崩れ落ちていった──。https://www.easycorp.com.hk/blog/%e3%80%90%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%af%a9%e8%a8%88%e3%80%91%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%af%a9%e8%a8%88%e6%98%af%e4%bb%80%e9%ba%bc%ef%bc%9f%e9%9c%80%e8%a6%81%e5%a6%82%e4%bd%95%e9%80%b2%e8%a1%8c%ef%bc%9f/

 

その頃 本能寺の門前では

 

「殿、なりませぬ…! どうぞお戻り下さいませ!」

 

「左様にございます!ここは我らに任せて、殿はこちらで御待機を!」

 

馬から降りた光秀を、斎藤や溝尾ら重臣たちが、必死になって引き止めていた。

 

「ええい、そこを通すのだ! これ以上時間はかけられぬ! 儂が寺の中へ参り、上様……いや、信長を捜し出す!」

 

止めるでない、と二人を押し退けて、光秀は本能寺の境内へ足を踏み入れようとした。

 

まさにその時。

 

 

ドォーン……!

 

 

という爆音が寺中に響き渡り、微かに地面が揺れるのを感じた。

 

「…な、何事じゃ!?」

 

光秀が慌てて門の前から引き下がると、炎上する本能寺の一角より、炎と煙がひときわ高く立ち昇っている光景が見えた。

 

それを目にした瞬間、一陣の風に乗って、きつい火薬の匂いが光秀の元までってきた。

 

その鉛臭い匂いを嗅ぐなり、光秀は “ しまった!” と、激しくした様子を見せる。

『 夥しき程のこの匂い──よもや奥に、火薬庫が!? 』

 

左様な場所があるとすれば、信長は己の首を守る為に、確実にその付近に潜んでいたはず。

 

 

であれば、もう既に信長は…。

 

彼の後を追った濃姫は…。

 

 

そう考えた瞬間、光秀の顔面が、で押し潰したかのようにぐしゃりと歪んだ。

 

自分にとって最も不都合な事態が起こった事実を、光秀は肌で感じていた。

 

 

『 上様……やはりあなた様は一筋縄ではいかぬお方。この光秀に、髪の一筋も渡さぬおつもりか 』

 

 

その面差しに、悲しみと悔しさを交互に滲ませながら、光秀は膝から地に崩れ落ちた。

 

「殿─ッ」

 

利三と茂朝がすかさず光秀の身体を支える。

 

「しっかりなされませ、殿! …まだ、まだ分かりませぬ。貯蔵庫の油に火がまわっただけやも知れませぬ」

 

「左様にございます。あの上様のこと、兵たちの目をり、未だ寺内のどこぞへ身を隠しているにございませぬ!」

 

苦しいめではあったが、少なくとも今の光秀に、信長が死んだ可能性を含む話など、口が裂けても出来なかった。

 

ましてや、今の爆発によって信長のが木っ端微塵に吹き飛んでしまった…などとは。

 

「──あぁッ!!」

 

光秀のがド…ッと鈍い音を立てて、地に打ち付けられた。

 

やり場のない怒りと落胆が、光秀から穏やかさや冷静さを完全に奪い去っていた。

 

その激しいぶりを見て、茂朝は仕方なさそうに頷くと

 

「上様、お任せ下さいませ。が直々に中へ赴き、上様のお姿を捜して参りまする。──必ずや上様の御首を、殿の元へ」

 

そう言って一礼を垂れ、火の粉の舞う寺内へと駆け込んで行った。

光秀は力なく頭を上げ、走りゆく茂朝の背を見送ると、に天をいだ。

 

初めは無造作に視線を遊ばせていたが、ふいに両眼を見開くと

 

「…利三よ」

 

「はっ、何でございましょう?」

 

「…あれを見よ。蝶が……蝶が飛んでおる…」

 

顔を固定させたまま、光秀は囁くように告げた。

 

天に向かって高く昇る黒煙の間から、一匹の蝶が現れたというのだ。

 

まるで輝くような蒼い羽をした蝶が、本能寺の上をひらひらと舞っている光景が、光秀の目にははっきりと映っていた。

 

「蝶が、でございますか?」

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「失礼致しまする」

「失礼致しまする」

 

濃姫がそろりと中へ足を踏み入れると、部屋の主人たる報春院は、床の間のある西側に頭を向ける形で、

 

白い夜具の上に、まるで使い古した人形のような風情で、重々しく身を横たえていた。

 

しかしその面差しには赤みがあり、見開いた目はしっかりと姫の姿を捕らえている。

 

思った以上に元気そうな様子に、濃姫はほっと胸を撫で下ろすと

 

「本日は信長殿の名代も兼ね、お見舞いにまかりこしました。…義母上様、お加減は如何にございますか?」

 

慇懃に伺いながら、そっと姑の枕元に座した。【公司審計】公司審計是什麼?需要如何進行?

 

それに伴い、看病をしていた報春院付きの侍女たちは速やかに室内から退出して、外の入側へと控えてゆく。

報春院はそれを見届けると、双眼をすっと天井に移し

 

「……何が信長殿の名代じゃ。あの血の冷たい息子に、母を労る心などあろうはずが無ないわ」

 

挨拶代わりの皮肉を漏らした。

 

「大方そなたも、侍女たちに言われて嫌々見舞いに参ったのであろう」

 

「そんな…。私は自らの意思で、義母上様をお見舞い致したいと思い立ち、殿をご説得申して──」

 

「ほぉ。説得せねばならぬ程に、信長殿はわらわの見舞いに行かせる事に反対しておったのか?」

 

濃姫はあっとなり、思わず視線をあさっての方向に向ける。

 

「…いえ、決してそのような…」

 

「別に構わぬ。我らは元よりそういう親子じゃ。私とて、あのようなうつけ者に見舞うてもらいたいとは思うておらぬ」

 

報春院はつんとして言うと

 

「それよりも、美濃の、そなたの父上殿がお隠れになられたそうじゃな?」

 

半ば話題を切り換えるように訊ねた。

 

濃姫はその面に一瞬躊躇いの色を走らせると、ややあって「…はい」と小さく首肯した。

 

「蝮の道三と恐れられ、我が殿・信秀様でも敵わなんだ百戦錬磨の強者が、まさか最後は、

 

己の息子の手によって命を落とす事になろうとはのう。…人の人生とは、ほんに分からぬものよ」

 

「……」

 

「二人の弟君も謀殺されたと聞いたが、まさか母上殿もか?」

 

「いえ。幸い母はお付きの者共々常在寺の方へ避難致しておりました故、無事にございます。今も尚 寺に留まり、父上様の御霊を弔ろうておられまする」

 

「左様であられたか…」

 

「兄上様が幾度も稲葉山の城へ戻られるようにご説得なされたそうですが、母上様は“ここが終の棲家”だと申され、寺から離れようとなされないのです」

 

「兄上様とは、道三殿を討たれた義龍殿のことであろう? 仇の、それも血の繋がらぬそなたの母上を何故に城へ呼び戻そうなどとなされる?」

 

「詳しい事は私にも…。ただ、元より兄上様は真面目で穏やかなご気性にて、争い事を好まぬお方にございました。

 

…このような残念な事態になってしまいましたが、己を脅かす父や弟たちが亡くなった事で、兄もようやく心のゆとりを取り戻されたのでしょう。

 

慈悲の心──または、母を稲葉山城に戻すことで、親殺しに及んだ自らの罪を少しでも償いたいと思うたのやも知れませぬ」

 

「罪の償いのう」

「後は兄上が、土岐氏の落とし胤という誤りを解かれ、亡き父の想いに気付いて下されば良いのですが…、それも些か難しゅうございましてな。

 

先の美濃守護の子と思うているからこそ兄を主君として敬う者共もおりますし、

 

何より根は優しき兄上様のこと、父上の厳しき所業の数々が、全て自分自身の為になされていた事だと知ったら、

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「父上様の刀を

「父上様の刀を、わざわざ川に飛び込んでまで拾うてくれたお人です。感謝こそすれ、恨み事を申すなど筋違いじゃ」

 

濃姫は窘(たしな)めるように言うと

 

「さ、城へ戻るぞ。これ以上遅くなっては、殿にどんな小言を言われるか分からぬからな」

 

やおら無邪気な笑みを浮かべ、そのまま真っ直ぐ輿に向かって歩き始めた。

 

「──そう申せば姫様」

 

歩を進めながら、何かを思い出したように三保野が口を開いた。

「先程のおなごですが…」

 

「類殿のことか?」

 

「ええ。確か、もう一つの“吉乃”と言うお名は、懇意にしているお方が自身の幼名から一字を取って付けてくれた名だと、そう申しておられましたな?」

 

「ああ、左様に言うておったな」

 

「でしたら、我らの殿と同じにございますな」

 

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「確か、殿のご幼名にも『吉』の字が入っていたかと」

 

「……吉法師…か」

 

ああ、言われてみればそうだったと、濃姫は軽く目を見開くと

 

「ほんに、素敵な偶然じゃな」

 

特に気に留める様子もなく、明るい声で言った。

 

吉の字の付く幼名を名乗っていた殿御など、この世には掃いて捨てるほどいる。

 

信長もその内の一人に過ぎぬと思い、類との繋がりなど考えもしなかった。

 

 

それ故、この時の濃姫は知らなかったのだ。

 

 

先程の女によって、戸惑いと絶望の淵に叩き落とされることも。

 

ましてや、彼女を自分の御前に引き出して

 

《 そなたなど…、初めからいなければ良かった… 》

 

《 いっそ殿の前から消えてなくなれば良いのじゃ!! 》

 

と、考えられないような暴言を吐く日が来ようとは──。

 

 

三保野らお付きの侍女たちも、そして類当人も、気付く由のないことであった。

 

『 御母堂・報春院様の御事、月初めの折より御体調芳しからず── 』

 

 

そう記された文が、末森城の奥向きから清洲城の濃姫のもとに届いたのは、同年の七月某日。

 

道三逝去による傷心が少しずつ癒え始めていた、そん�����矢先のことであった。

 

 

例え我が夫との折り合いが悪くとも、姑の大事である。

 

濃姫はさっそく見舞いへと思い立ち、末森城へ参じる旨を信長に願い出たが

 

「母上の件ならば既に存じておる。…じゃが届いた文によれば、単に夏風邪を拗らせただけというではないか。

わざわざそなたが出向くまでもあるまい」

 

と、初めは聞き入れてもらえなかった。

 

しかし、そこは避けて通れない女同士の義理というものがある。

 

織田家嫡男の嫁たるもの、病床の姑を一度も見舞わぬのは無法だと説いて、

 

濃姫は茹(う)だるような暑さ中、豪奢な朱塗りの輿に乗り込み、末森城の報春院の元へ赴いた。

 

 

この年の夏は殊の他暑く、どこへ行っても汗と熱気との闘いであったが、末森城においてもそれは同様であった。

 

広々とした庭には真っ白な夏の陽光が激しく降り注ぎ、御殿の部屋々には濃密な熱気が外から流れ込んでいる。

 

城に着いた濃姫は、額に浮かぶ汗を白い指先で拭いながら、案内役の腰元に従って、奥へと続く長い廊下を黙したまま進んで行った。

 

 

「──申し上げます。大方様、清洲の城よりお濃の方様がお見えにございます」

 

報春院の居室の前で、腰元が平伏の姿勢で申し伝えると

 

「…通せ…」

 

病人らしい弱々しげな声が、姫の入室を許した。

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「我が妻の事はこの儂が保証

「我が妻の事はこの儂が保証致しまする。どうぞご安堵召されませ」

 

信長は笑んで言うが、信光は得心がいかないのか、暫しの間、目前の若き甥夫婦の顔を交互に見やっていた。

 

しかし信長が姫を去らせる気配は一向に訪れない。

 

段々とそんな時間が無駄に思えて来たのか、信光は浅く肩で息をすると

 

「……くれぐれも他言無用に願いまするぞ」

 

その顔に濃い妥協の色を滲ませつつ、姫へ念押しした。

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濃姫は居住まいを正し、淑やかに一礼する。

「実は先達て、清洲の信友に仕えし小守護代・坂井大膳より内々の申し入れがござった。

 

“是非とも我らと手を結び、あの忌々しき信長勢を滅ぼしましょうぞ…”とな」

 

濃姫は俄に目を見張ったが、信長は実に淡々とした面持ちで話を伺っている。

 

此度の戦で有力家老らを次々と失った清洲が、今川か、或いは力のある一門の誰彼を頼る事など予想の範囲内であった。

 

 

「して、その見返りに清洲は何を差し出して参ったのです?」

 

信長は先を読んで���ねる。

 

「守護代の座じゃ。信友と共に守護代となり、尾張下四郡を治めてほしいとの申し入れであった」

 

「共に守護代をのう…。それで叔父上は、その申し入れに対して何と答えられたのです?」

 

「まだ何も。暫し考える猶予が欲しいと願い入れ、直ぐ様こちらへ参った次第じゃ」

 

信光は胡座の足を素早く組み替え、ぐいっと身を前に突き出すと

 

「分かっているとは思うが、儂が迷わずここへやって参ったのは、清洲の誘いに乗る意思のなき事を、行動をもってそなたに示す為じゃ。

 

坂井の甘言などには微塵も心は動いておらぬ。下四郡を手に入れたいのは山々じゃが、逆臣・傀儡の信友などと共に守護代を名乗る事に何の意味があろうか」

 

守護代は一人で十分だと、信光は吐息混じりに呟いた。

「儂はな信長殿、これまで同様そなたと手を結び、共に清洲の連中を攻め滅ぼしたいと思うておる」

 

「有り難きお言葉にございます」

 

「故に、ここは一つ大芝居を打ち、守護代、小守護代ら諸とも騙し討ちに致そうかと考えておるのだ」

 

「騙し討ち…にございますか」

 

「そうじゃ。頼みに応じる振りをし、隙を見てまず、大膳を討つ。巨悪の根源たる小守護代を始末すれば、信友とて成す術を失おう」

 

もはや側に濃姫がいる事も忘れ、信光は甥の興味を引こうとするような妙に現実的な言い方で、自身の考えを述べた。

 

やおら信長は思案顔になると、ふむと腕を組んで

 

「叔父上のお考えは粗方分かり申した。 …なれど左様な大掛かりな真似を、無益でして下さる訳ではございますまい?」

 

相手の心の内を探るように訊ねた。

 

「それは無論。事が万事滞りなく運んだ暁には、戦利品の山分けをお願い致したい」

 

「山分け─」

 

「於多井川(おたいがわ)を境として、尾張下四郡のうち東半分を貰い受けたい」

 

「つまりは、儂と叔父上で下四郡を二郡ずつに分けて領有致したいと?」

 

「左様。それと、そなたが清洲の城に移った後は、この那古屋の城を我が居城と致したい」

 

「ほぉ、この城をですか」

 

信長の目が徐(おもむろ)に室内を見渡した。

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「お気になされますな

「お気になされますな。最近は清洲が白旗を上げるのを今か今かと待ち続けるだけの日々でした故、ちょうど退屈しておったところです」

 

「ならば良いが………これは、奥方殿も共にお出ででござったか」

 https://www.easycorp.com.hk/blog/bvi%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%ae%8c%e6%95%b4bvi%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%90%88%e6%b3%95%e9%81%bf%e7%a8%85%e6%95%99%e5%ad%b8/

信長を追いかけて数秒遅く座に入って来た濃姫の姿を見た信光は、その思いがけなさに思わず目を見張った。

「ちょうどお濃と庭を散策していたところでした故、久方ぶりに叔父上に目通りさせようと思い立ち、共に連れて参った次第にございます」

 

述べながら、信長が上段の茵の上に胡座をかくと

 

「信光様、ようお越しになられました」

 

濃姫も下段の最前に控えながら、信光の前に恭しく双の手をつかえた。

 

「お濃殿。こうして間近でそなた様のお顔を拝するのは、確か兄上の葬儀以来になるかのう」

 

「ええ、ほんにお久しゅうございまする」

 

濃姫がゆるやかに頭を垂れると、信光は満面に笑い皺を寄せた。

 

「それに致しも、暫く見ない内に何ともまあ、お美しさに磨きがかかられて…。

かように見目麗しいご伴侶をお持ちの信長殿は、まさに果報者じゃ」

 

言葉を受けるなり、信長は俄に濃姫を一瞥すると

 

「果報──そうですな、確かに」

 

その面差しに柔和な笑みを広げた。

 

「お濃は美しいばかりでなく、才知にも優れた聡(さと)いおなごです。大うつけと称されし儂にとっては、勿体なき嫁御にございます」

 

「殿─」

 

思わぬ夫の返答に、濃姫はうっすらと頬を薄紅色に染めるも

 

「これで謙虚さとおなごらしい可愛げがあればもっと良いのですがなぁ」

 

その余計なひと言が、姫の浮き上がった心を、すぐに定位置へと���き戻した。

濃姫はそっと信光の方に膝を進めると

 

「殿はいつもこうなのでございますよ。 人を天へ舞い上げるような事を言うたかと思えば、すぐに地へ叩き落とすような事を申すのです。可愛げがないのは殿の方だとは思われませぬか?」

 

小さな声で鬱憤を吐いた。

 

「これ、叔父上に何を話しておるのだ !?」

 

「いいえ、何も。殿はよーくお出来になられた御夫君ですと、お褒め申し上げていただけです」

 

如何にもそうではなさそうな風情を漂わせながら、濃姫は大胆にそっぽ向いた。

 

そんな妻の反応を見て、信長はふいに苦々しい顔付になったが、叔父の前で言い争いをする訳にもいかず

 

「……して、叔父上、此度のご用向きは如何なる事にございましょう?」

 

話の流れを変えるように信光を見据えた。

 

「聞けば、何やら大事なる報を持って来て下されたとか?」

 

「いや何、報という程のものではないのじゃが…、些かそなたに、相談致したき旨があってのう」

 

「相談、と申されますと?」

 

「それを話す前に、どうかお人払いを願う」

 

「他に人がいては話せぬ事ですか?」

 

信光は目で頷いた。

「…であれば」と、信長は座敷の入口に目をやると

 

「恒興。そこの戸襖を全て閉ざし、また近く控える者共を皆遠ざけよ」

 

控えていた恒興に命じて、直ぐ様人払いをさせた。

 

 

パタンッ… パタンッ…

 

と入口の襖も全て閉ざされたが、信光はなかなか口を開こうとはしなかった。

 

然もあろう、まだ目の前には濃姫がいるのだ。

 

 

《 何故奥方を遠ざけぬのか? 》

 

そう言いたげな目で上段を見つめる信光に

 

「この者のことはお気になされますな。──お濃、そなたは石になっておれ」

 

「殿…」

 

「先程申した通り、濃は聡いおなごです。例え何を聞いたとしても、それを外様に漏らしても良き事か否かくらいは容易に判断が出来るはず──そうであろう、濃?」

 

濃姫は戸惑いながらも、ゆっくりと頷く。

 

「さ、されど信長殿!」

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「松子も萩で暮らした悪

「松子も萩で暮らした悪影響でだいぶ口が悪くなってしまったなぁ……。」

 

 

「影響受けたんやなくて私もこれが素なんかも。」

 

 

嘆く入江に三津はそう言ってみるも,

 

 

「それは絶対違う���」

 

 

桂と入江は息ぴったりにそう言った。https://www.easycorp.com.hk/blog/%e3%80%90%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%af%a9%e8%a8%88%e3%80%91%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%af%a9%e8%a8%88%e6%98%af%e4%bb%80%e9%ba%bc%ef%bc%9f%e9%9c%80%e8%a6%81%e5%a6%82%e4%bd%95%e9%80%b2%e8%a1%8c%ef%bc%9f/

 

 

「ここではあえて三津と呼ばせてもらおう。いいかい?三津は素直で純粋で世間の穢れなど知らなくて愛情の塊のような子なんだ。

そんな子の素が文ちゃんみたいな筈がないっ!」

 

 

「そうやで。文ちゃんと違って腹黒さなんて一切ない。」

 

 

「二人共,今すぐ文さんに謝って?」

 

 

大好きな文をそんな風に言うなんてとんでもなく失礼な奴らだ。

だがこの二人にはその言葉は届いておらず,

 

 

「三津はね?いつも謙遜したり卑下するが君ほど魅力的な女子はいないからね?」

 

 

「そうやで?怒っても可愛いし酔った姿も可愛いし。」

 

 

「九一の言う通りだな。もう存在が可愛いから何もせず生きてるだけでいいと言うか。」

 

 

「同感ですね。そういう所は気が合いますね。

恥ずかしがりの癖にたまに大胆な事してくるとこも可愛いですよね。」

 

 

「お前が言ってる事の意味を分かりたくないが多分あの事だと思うから一言言わせてもらおう。私の方が知り尽くしてるしいい思いもしてる。」

 

 

「お願いしますもう止めてください。」

 

 

三津はこんな道端でこれ以上の辱めは止めてくれと両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。可愛いは褒め言葉として喜んで受け取ろう。だがそこまで連発されると嫌がらせでしかない。

 

 

「また下世話な方に持っていってぇぇぇ……。」

 

 

三津にも入江が言う内容はあれだなと心当たりはある。それを夫の前で平然と言わないでいただきたい。三津は小さく身を丸めてしくしく泣いた。

 

 

「本当にどんな姿も可愛いですね,私達の妻は。」

 

 

入江は正面にしゃがみ込み,これで機嫌直してと懐から金平糖を取り出した。

 

 

「中岡さんと同じ事して……。」

 

 

こんな子供騙しなんか通用しないぞとそっぽを向いた。その先に桂が回り込んでそっぽを向いた顎をクイッと持ち上げた。

 

 

「中岡君から金平糖を貰ってたの?私以外の男から簡単に物を貰うなとあれ程言ったのに。」

 

 

嫉妬全開の顔を寄せられ三津は背中に冷や汗を掻いたが,待てよ?と思い直す。

 

 

「貰った時は準一郎さんとの関係は解消されてたので責められる筋合いありません。

それに金平糖ぐらいじゃ絆されませんからねっ!」

 

 

三津が強気に出れば桂はしゅんと眉尻を下げた。

 

 

「あの時はすまなかった……。だからもう別れたくないんだよ……。」

 

 

桂は今でもあの夜に自分で言い放った“終わりにしよう”を後悔していた。あの喪失感を味わいたくなくて,目を潤ませ弱々しい声で三津に訴えた。

 

 

『やっぱりこの人のこの姿は狡い……。』

 

 

三津は相変わらず弱ってたり甘えてくる男に滅法弱い己を悔やんだ。

 

 

「それはもういいです。準一郎さんと向き合わなかった私にも非はあります。

あなたと居たら私は幸せになれないと思わせてしまったのは私ですから。」

 

 

だからもう同じ事だけは繰り返したくない。それだけを強く思っていた。

 

 

「大丈夫,私らが必ず松子を幸せにするけぇ。ね?木戸さん。三人で幸せになりましょう。」

 

 

「うむ,三人で……。

……三人。……何かちょっと違和感があるがそういう関係にしたのは私だな。」

 

 

「そうですよ。忘れんで下さい。

松子はこれで嫌な事は忘れり。はい,あーん。」

 

 

入江は金平糖を一粒摘んで三津の前に差し出した。あーんと言われたら条件反射で口を開ける三津を入江は喉を鳴らして笑った。

 

 

「三津……君って子は……。」

 

 

乃美からもそうやって落雁を貰っていた時と全然変わってない姿に桂は額に手を当てて呆れ返った。

 

 

「くくっ……。木戸さん,これからは私が他の誰にもそんなんさせんけぇここは穏便に。」

 

 

「頼む……。だが文ちゃんの様に口は悪くなっても,素直な所は君のままで私はホッとしている部分もある。」

 

 

桂は愛情に満ちた目に三津を映した。

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男二人は不気味な笑みを浮

男二人は不気味な笑みを浮かべて腕が鳴ると右肩を回した。

 

 

「小太郎は手出ししなくてもいいよ。私一人で充分だ。」

 

 

「いやいや今回は私の役目です。」

 

 

突然張り合いだした二人を三津はまたぼんやり眺めた。問題が起きないのが一番いいのだがとただただ思う。

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「ねぇ,ちゃんと歩きましょ?」

 

 

「分かった歩く。だがこれだけははっきりさせとかねば。私と小太郎どっちに護られたい?」

 

 

「出来れば自分の身は自分で護りたいですね。」

 

 

そう言う術はあった方がいいと常々思っていたのだ。三津はこれを機に護身術を身に付けたいと言い出した。

 

 

「違う,そう言うのじゃない。」

 

 

「それでこそ松子やな。」

 

 

桂は欲しい答えはそうじゃないと嘆き,入江は分かってたと大笑いした。

桂の欲しかった答えは分かっているが,三津は三津で二人を比べる真似はしたくないのだと主張した。それに自分にも出来る事は多い方がいい。

 

 

「分かった。道中で君に出来そうな術は教えよう。でも今は護らせてくれないか?手の届く距離に居られるのは今だけだから。」

 

 

桂は穏やかな笑みで手を差し伸べた。

 

 

「そんな儚げに微笑まれたらドキドキします……。喜んで。」

 

 

そう言って手を握ったのは入江だった。

 

 

「お前じゃないっ!気色悪いっ!」

 

 

桂はその手をぶん投げた。乱暴に扱われた入江は思い通りに動く桂を思い切り笑った。

 

 

「小太郎さんは山縣さんに対してめっちゃ口悪くなるけど,準一郎さんは小太郎さんに対してそうなるんですね。それは仲いいって事ですよね?」

 

 

「松子,違う。私は心底嫌がっている。」

 

 

「ねぇ何でそんなに私らの仲を隠したがるそ?」

 

 

「だからお前は一旦黙れ。話がややこしくなる。

考えてみろ。段々状況がおかしくなってるぞ?私が下男と不貞してるみたいになってるじゃないか。」

 

 

桂は二人と向き合い身振り手振りを混じえて全くあり得ない!と表現した。

 

 

「妻の前で堂々と男を誑し込む下衆野郎設定。」

 

 

「いらん設定増やすな。」

 

 

二人の掛け合いに三津は遠慮せず笑った。三津に笑われたと思った桂は口をへの字に曲げて機嫌を損ねた。

 

 

「私は夫の愛人と同居しながら夫の帰りを待つ妻かぁ。」

 

 

「松子もこいつの遊びに付き合わんでいい。」

 

 

そんな設定ろくでもないとご立腹の桂の傍にすすっと近付いた三津は,着物の袖をくいくい引っ張りながらその顔を見上げた。

 

 

「またあなたと離れて寂しくなるんです。ちょっとでも楽しい方がいいやないですか。」

 

 

『いちいち可愛いっ!!』

 

 

桂は全力で抱きしめたい衝動を何とか堪えた。『松子が離れて寂しくなると言った。これはもう愛してると言われてるのと同じじゃないかっ!』

 

 

これは気持ちが戻りつつあると確信した。もう踊り出したいぐらいだ。けれども今は格好をつけたい。全身で歓びを表したいのを体にぐっと力を入れて抑えた。

 

 

「寂しい思いをさせてすまない……。でも離れていてもいつでも君を想うよ。

さぁ今日も頑張って進もうか。」

 

 

触れるのを我慢して微笑みかけるに留めた。適切な距離を保てば三津の気持ちは戻ってくると信じた。

 

 

「ねぇねぇ私の事は?」

 

 

「あぁ。離れていてもいつも思うよ。憎たらしい奴だと。」

 

 

にこにこ笑って自分に向かって指をさしてる入江を軽蔑の目で見て言い放った。

 

 

「えー!好きって��ってよ��」

 

 

「私にそれを求めるな。この変態が。」

 

 

面倒くさい女みたいな事を言うなと冷たくあしらった。

 

 

「ふふっ……口悪い準一郎さんいいですね。人間味があって。」

 

 

創り上げた人格ではなく,本来の姿を見ている感じがして三津は嬉しかった。

あまり素は出したくないのだが久しぶりに三津の無邪気な笑顔を見て,桂は今後の在り方を考えようかと思った。

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「フサも入江さんなら姉

「フサも入江さんなら姉上を幸せに出来ると思います。姉上は幸せにならんといけんのです。

入江さんが迎えに来るまではフサが姉上を笑顔にします。」

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フサがやる気満々の笑みを浮かべるから文とすみは顔を見合わせて笑った。

男なんかあてに出来ん。私らで頑張るぞと笑みを深めた。

 

 

 

 

呑んでも体内時計はしっかりしてるもんで三津はいつもと同じ時刻に重い瞼を押し上げた。

 

 

しっかり布団に入っていて隣りにはフサが寝ていた。体を起こして周りを見ればどうやら居間で寝てしまったらしい。

そこには文とすみは居なくて台所から笑い声が聞こえてくる。

 

 

「寝過ごした!」

 

 

フサを起こさないように布団を抜け出して台所に駆け込んだ。

 

 

「すみません!寝過ごしました!気付いたら寝ちゃってました……。」

 

 

慌てて飛び込んで来た三津に二人は大丈夫大丈夫と笑った。

 

 

「呑ませたのうちらやけぇ。あ,それより三津さんもう少し太り?うちらでも軽々布団に乗せれたけぇその軽さはいけん。」

 

 

��みは何か好物は?と聞いてくれるが三津はそれどころじゃない。

 

 

「乗せてくれたんですか……すみません……。呑むといつもこうで……。」

 

 

「うん,大丈夫。知っとるけぇ大丈夫。もうすぐ出来るけぇフサちゃん起こして布団上げといてくれん?」

 

 

文の指示に分かったと頷いて居間に戻って行った。

 

 

「凄いね,文ちゃんの言う通り記憶ないんやね。」

 

 

すみは面白いと目を輝かせて三津の消えて行った廊下の奥を覗いた。

 

 

「やろ?やけん言い辛いような本音聞くときは悪いけど呑んでもらうそ。」

 

 

「あとはうちの愚兄がどれぐらい役に立つかやね。」

 

 

「んふふ,三津さんに文書くって約束したらしいで。」

 

 

それを聞いたすみは気色悪っと吐き捨てた。昨夜の事を何も覚えてない三津は昨日は楽しかったとほくほく笑みを浮かべて店に向かった。

店に着く手前で数人の女子達とすれ違った。

 

 

「何や大して可愛くないやん。」

 

 

わざとらしい言い方。くすくす笑う声。多分昨日遠巻きに笑っていた子達だと思う。だが通り過ぎたものをわざわざ振り返って見る必要もない。

三津はそのまま歩き続けたが,

 

 

「うわ京の女は神経図太いんやね。」

 

 

『面と向かって言えばええのに。』

 

 

何が気に入らないのか言ってくれた方がこっちも助かるんだがと思いつつ店に入った。

 

 

「おはよう。外に女子ら居らんかった?」

 

 

一之助がそわそわと戸の方を見ながら聞いた。

 

 

「すれ違いました。それがどうかしましたか?」

 

 

「一之助が苦手な子らなんよ。」

 

 

しずが困ったような顔で笑って教えてくれた。前に好意を伝えられて断ったがまだ諦めてくれないんだと。

 

 

『断られてもまだ……。その強い精神力羨ましい……。』

 

 

自分なんかここまで逃げてきたのに。桂との最後の会話を思い出して泣きそうになった。

 

 

「どしたん。あの子らに何かされたか?」

 

 

涙を堪える表情に気付いた一之助が顔を心配そうに覗き込む。

 

 

「いえ!何も!その……ちょっと嫌な事思い出してもて……。」

 

 

大丈夫だから気にしないでと三津は笑った。今日も余計な事を考えなくていいように忙しかったらいいなと思って仕度に取り掛かった。

 

 

三津の希望通りこの日も忙しかった。次から次へと三津と話したがる客がやって来る。京言葉を喋らせたく��幾度となく声をかけられる。

それは別に苦ではなかった。三津も初めて吉田達が長州訛りを出した時には好奇の目で見ていたから。今その目を向けられる気持ちが分かった。

 

 

「一之助,いよいよ嫁とる気になったか?」

 

 

「あのなぁ三津さんにはれっきとした恋仲おるわ。今はその人の帰りここで待っとるそ。」

 

 

ここ最近この手の冷やかしも増えて来た。最初は怒って対応していた一之助も慣れてきたのか冷静にあしらえるまでになっていた。

 

 

「そうなん?そりゃこんだけええ子が売れ残っちょる訳ないわなぁ。知らん土地に一人で恋仲の帰り待つやなんて健気なぁ。」

 

 

「いえ……待つしか出来ないんで……。」

 

 

三���は苦笑いで話を合わせた。

黙って男の帰りを待つなんて妻の鑑やと褒められた時,三津の脳裏に桂の笑顔が過ぎった。

 

 

自分は妻としての務めを放棄した。帰る場所になると言いながら放棄した。

だが桂には幾松がいる。帰る場所はある。自��じゃなくても大丈夫なん��と思ったら頬に涙が伝った。

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「近藤さんですか?」

「近藤さんですか?」

 

 

これはまた拷問されるのだろうか。真実を洗いざらい吐かせる気だろうか。半べそをかいて斎藤の目をじっと見る。お願いだから見逃して。

 

 

「……すまんな。今日は任務だ。局長命令だから従ってくれ。用が終わればちゃんと帰すから。」 https://www.easycorp.com.hk/blog/%e3%80%90%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%af%a9%e8%a8%88%e3%80%91%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%af%a9%e8%a8%88%e6%98%af%e4%bb%80%e9%ba%bc%ef%bc%9f%e9%9c%80%e8%a6%81%e5%a6%82%e4%bd%95%e9%80%b2%e8%a1%8c%ef%bc%9f/

 

 

斎藤だって三津にこんな顔で見つめられるのは御免だったが仕方ない。局長命令だから。三津はしょんぼりしながらも分かりましたと頷いた。総司は何も言えずにただ三津を見てるしかなかった。どんな風に接していたのかを,もう忘れてしまった。

 

 

「では私もご一緒させてもらえます?」

 

 

着物を引っ張られて総司はハッとして振り返った。

 

 

『いつの間に……。』

 

 

にっこりと小首を傾げている彼女は一体いつから居たのか。物怖じせずに着物を掴んだまま微笑んでくる。

 

 

「サヤさぁん……。ごめんなさいぃ……。」

 

 

『小夜にサヤ……。紛らわしい……。』

 

 

斎藤はサヤに向かって両手を伸ばす三津の体を抑えながら総司と同じようにいつの間に忍び寄ったんだと思っていた。

 

 

「三津さん一人にしたら主に怒られるんですよ。お邪魔はしないんでいいですか?いいですよね?いいですね。アカンって言われても行きますからね。」

 

 

サヤは離しませんよと総司の着物を強く握った。

 

 

「斎藤さんどうしましょ。」

 

 

総司は眉尻を下げてへらへら笑った。思ったより強い力でサヤに引っ張られてるのを目で訴えた。

 

 

「やむを得ん。連れてくしかなかろう。」

 

 

近藤は三津に会って話がしたいだけ。壬生に連れ戻す気など毛頭ない。三津の保護者として連れて行っても問題はなさそうだと判断した。

 

 

『ただ……油断はならんな。この女。』

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

サヤはにっこり笑ったまま。斎藤にはその笑顔が胡散臭く思えた。

 

 

『何と言うか……隙が無い。コイツとは大違いだな。』

 

 

斎藤は大人しく自分の胸板に背中を預けている三津を見下ろした。すると情けなく眉尻を下げた三津がどうにかしてと言う目で見つめてくる。

 

 

「すまんな……今日は駄目なんだ。早く行って早く終わらせればいい。行くぞ。」

 

 

「はぁい……。」

 

 

情けない声で返事をして手首を掴んで前を歩く斎藤について歩いた。

 

 

『斎藤さん何であんなに平然としてられるんだろ……。また目で会話して……。』

 

 

総司は斎藤の手に掴まれた三津の細い手首を見ていた。昨日は遠くから一目見るだけでもいいと思っていたのに,いざ本人を目の前にすると抑えられなくなる衝動。

 

 

『あの着物初めて見る……。』

 

 

桂が与えた着物だと思った瞬間,総司からただならぬ殺気が溢れ出した。目の前にいるのはもうあの頃の三津ではない。

あろうことか己の敵と想いを通わせた女だ。

 

 

「沖田,調子が悪いなら帰れ。」

 

 

斎藤は振り向く事なく厳しい言葉を投げた。『背後から沖田に斬られたんじゃ話にならん……。』

 

 

やはり総司は三津の前では平静を保てなかった。

 

 

「え?沖田さん体調悪かったん?大丈夫?」

 

 

三津は斎藤に引っ張られながら振り返って心配そうな目を向けた。

 

 

「いえ,平気です。」

 

 

総司は咄嗟に目を伏せた。優しくしないで欲しい。総司は黙り込んだ。心臓が変な脈の打ち方をしてるようで気持ち悪かった。

 

 

「こっちだ。」

 

 

斎藤がずんずん進むのは長���や町家が並ぶ静かな通り。道端では子供達がきゃっきゃと声を上げて遊んでいた。

そして連れて来られたのは一軒の小さな家。

 

 

「失礼します。」

 

 

斎藤が障子を開けると室内には近藤が一人でどっしりと構えていた。

 

 

「おぉ!お三津ちゃん久しぶりだな!突然呼び立てて悪かったね!」

 

 

にかっと大きな口を開けて笑う近藤に三津は慌てて頭を下げた。

 

 

「そんな改まらないで!おいでおいで!」

 

 

気さくな笑みで手招かれ,三津は近藤の前に用意された座布団の上に恐る恐る座った。

 

 

「おや,そちらの綺麗なお嬢さんは?」

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理解が追いつくまでに

理解が追いつくまでに一度意識が飛んでいたかもしれない。

視界は吉田でいっぱいになっていて,唇には柔らかくて温かい感触があった。

 

 

自分の身に何が起こっているのか理解が追い付いた時,三津の体は咄嗟に吉田の体を突き飛ばしていた。

驚いた表情の吉田と目があったがすぐに視線を外した。https://www.easycorp.com.hk/blog/bvi%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%ae%8c%e6%95%b4bvi%e5%85%ac%e5%8f%b8%e5%90%88%e6%b3%95%e9%81%bf%e7%a8%85%e6%95%99%e5%ad%b8/

 

 

「何するんですか!吉田さんの阿保ぅ!!」

 

 

三津は大声で叫ぶと全力でその場から逃げ出した。

 

 

「そんなに走ったら転ぶよ!!」

 

 

吉田は全速力で小さくなっていく背中に向かって叫ぶと堪えきれずに笑いだした。

 

 

���……酷いな逃げるなんて。結構勇気出したんだけど。」

 

 

微かに震える手を見つめながら自分を笑った。

 

 

 

 

 

はだけて脚が見えるほどはしたなく走った結果,三津は豪快に転んだ。

それでもすくっと立ち上がり境内に戻った。

 

 

「三津!話終わったか?」

 

 

嬉しそうに駆け寄ってくる宗太郎に対してコクコクと無言で頷いた。息が上がって言葉が出せなかった。

 

 

「三津変やで何かあった?」

 

 

もしや吉田に何かされた?と疑いの眼差しを向けられ今度はぶんぶんと首を横に振る。

 

 

「ない!何もない!!急いで帰って来て転けただけ!!」

 

 

「えっ阿保ちゃう。」

 

 

相変わらず鈍臭いなと笑われ,ホンマやなと笑って頬を掻いた。笑って誤魔化そうとしても唇の感触と動揺は誤魔化しきれなかった。

 

 

「三津!三津!血ぃ出てる!!」

 

 

頬を掻く手を指差して宗太郎が叫ぶ。

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

どこどこ?と傷を確認すると確かに手から肘に向かって豪快な擦り傷があり,じんわりと血が滲んでいた。

 

 

「っ!痛い!めっちゃ痛い!」

 

 

混乱して喚くもんだから住職が慌てて飛び出してきた。軽く手当てをしてもらい,今日はこのまま帰ることにした。

 

 

とぼとぼ歩く三津の頭の中は真っ白。

何故こんな事が起きたのか。吉田はどういうつもりで口づけをしたのか。

 

 

『何なん?何なん?』

 

 

また馬鹿にされたのだろうか。だったら吉田はまた平然と店に現れて平然と話しかけてくるのだろうか。

 

 

「あー!あー!」

 

 

三津は奇声を発しながら頭を抱えた。吉田が何を考えてたか,自分がどう思ったかなんて冷静に考えられない。唇を離す前に突き飛ばされた体はもう一度三津に触れることは叶わなかった。

驚いた表情はすぐに反らされて,阿呆と罵られ逃げられた。

 

 

『どうせからかわれたと思ってるんだろうなぁ。』

 

 

これが桂ならきっとはにかんで俯いて,耳まで赤く染めただろうなと想像する。

 

 

「おや,帰ってたのか。」

 

 

廊下から声のする方へ視線を動かすと,庭に佇む宿敵と目が合った。

 

 

「こんな寒いのに何してるんです?桂さん。風邪引きますよ?どっかのお馬鹿さんみたいに。」

 

 

「風邪を引けばどこかの優しい看板娘が看病してくれるかも知れないね。」

 

 

『三津の話になると本当にだらしなく笑うなこの人。』

 

 

どこか嬉しそうに笑みを浮かべてそろそろ部屋に戻ろうかなと歩み寄ってきた。

 

 

「その優しいお馬鹿さん,柔らかいのは頬だけじゃないんですね。」

 

 

意味深な言葉と妖しい笑みを残して吉田は部屋に戻った。

宣戦布告とも取れる言葉に桂は苦笑いを浮かべて吉田が消えていった方を見ていた。

 

 

「桂さん?何か居ました?」

 

 

通りかかった入江が,一点を見つめて立っている姿を不思議に思い声をかけた。

 

 

「いや,うかうかしてられんなと思って。」

 

 

入江が全く話が見えないと首を傾げると,こっちの話だと軽く笑って桂も自室へ引き上げた。

 

 

 

 

 

考えたくないから他の事で頭をいっぱいにしたいのにどうにも埋まらなくて,じゃあなかった事にしようとしても頭はその情景を蘇らせてくる。

 

 

「ね…寝られへんかった…。」

 

 

���たい瞼のまま今日一日を始める羽目になった。

これは店番してる場合でない。宗太郎の所へ逃げることに決めた。

 

 

「何でおらんねん。」

 

 

今日は子供達の姿がない。

 

 

「待ってたら来るかなぁ…。」

 

 

冷たい石段に腰を下ろしてぶるっと身を震わせた。それでもお店で吉田が来るかも知れないとびくびくしてるよりましだった。

 

 

「ふぁ……眠たい……。」

 

 

三津は膝を抱えたまま,こくりこくりと眠���に堕ちかけていた。

空気は冷たいけど日差しの温もりが心地よかった。

 

 

『……何してんだあいつ。』

 

 

石段にぽつんとある見覚えのある塊に眉根を寄せた。

膝に顔を埋めているが間違いない,三津だと確信を持って近付いた。

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をしてくれるな。

をしてくれるな。きみは、これから活躍せねばならぬ。かような場所で意に添わぬ死を迎えていいものではないからな」

 

さらっとつづけられた俊冬の言葉にショックを受けたのは、たぶんおれだけである。

 

『意に添わぬ死』開BVI公司

 

この言葉である。

いったい、この言葉にどういう意図が隠されていたんだ?

 

「ときがもったいない。そろそろ出発させてくれ」

「あ、ああ。そうだな。土方君、気をつけろ」

「土方君、くれぐれも気をつけてくれ」

 

俊冬演じる副長が暇乞いをすると、榎本と大鳥が同時に口を開いた。

 

「ああああ?気をつけろ、気をつけろって、二人そろっていやに慎重だな」

 

俊冬演じる副長は、馬上で苦笑をした。

 

「いわれなくとも気をつけるさ。もっとも、気をつけようもないことが起こるのが、ってもんだ。なぁそうだよな、ご両人?」

 

馬上を見上げると、俊冬演じる副長のイケメンに笑みはなく、射るような目つきで榎本と大鳥を見下ろしている。

 

「まっ、せっかくのご忠告だ。ありがたく受けておくよ。あんたらも気をつけてくれ」

 

それから、かれは「竹殿」にあるきはじめるようお願いをした。

 

おれたちも慌ててお馬さんに飛び乗る。

 

「梅ちゃん」をあゆませながら、うしろを振り返ってみた。

 

榎本と大鳥は、まだ見送ってくれている。

 

ギリそのがみえる。

 

どちらもマジなである。

 

これまでのような副長LOVEと��った、おちゃらけたものとはまったくちがう。

 

その冷たくかたいをみ、なにゆえか背筋に寒いものが走った。

を無理くりに春日に移した。かれは、すでに建物の方へとあるきはじめている。

 

どうかかれも生き残って欲しい。

 

そう願わずにはいられない。

 

そして、蟻通と伊庭と相棒をみた。

 

三人ともまだいるが、かれらも榎本と大鳥をみている。

 

おそらく、おれ同様かれらも榎本と大鳥になにかを感じているんだろう。

 

蟻通が、伊庭と相棒になにかをいった。

 

相棒は、くわえている鍵を蟻通に渡したようである。

 

それから、かれらも建物の方へと駆けだした。

 

副長をみつけ、一刻もはやく合流してほしい。

 

願ってばかりだが、そう願わずにはいられない。 沢と久吉は、歩卒たちの最後尾にいる。

 

かれらのどちらかに、お馬さんの口取りをしてもらいたい。具体的には俊冬演じる副長のお馬さんの口取りをしてもらいたいのである。

 

だから、かれらに「梅ちゃん」をよせてささやいた。

 

「「竹殿」の口取りをしてもらえませんか?」

 

というように。

 

そして、三人で俊冬演じる副長のところまで急いだ。

 

「副長、口取りがいないとありませんよ」

 

うしろから声をかけてみた。

 

「ああああああ?おれがお馬さんにすら乗れぬといいたいのか、ええっ?」

 

これはもう脱帽するしかない。

 

俊冬は、副長以上に完璧なリアクションをしてきた。

 

「ええ、そうです。って、ジョークですよ。指揮官たるもの、口取りがいたほうが箔がつくでしょう?」

「箔だぁ?そんなもんは、すぐにめくれちまう。まぁいい。ただし、一本木関門ちかくまでだ。口取りなんざ、それこそ敵にとってはいいだからな」

 

もちろん、そんなつもりではない。

沢と久吉を的にしようなどと、微塵も思ってはいない。

 

じつは、二人には口取りを口実にして俊冬を説得してもらいたいのである。

 

沢も久吉も、それぞれ思うところがあるだろう。ふだんは気をつかってなにもいわないが、その思いは驚くほど真剣である。

 

近藤局長のときや新撰組についてくるかこないかを問われたときなど、こちらが感動しまくるほどの表現力で思いを語ってくれた。

 

いまの俊冬にはだれがなんといおうと、その愚かで頑固な意志を覆すことはできないだろう。

 

だが、なにもしないよりかはいい。

 

最後の最後まで、思いつくかぎりのことを試してみるつもりだ。

 

「ええ、副長。わたしたちは、いい的になりますよ」

 

沢は、さっさと「竹殿」の轡をとった。久吉は、島田のお馬さんの轡をとる。

 

「ゆえに、副長はできるだけ気をつけてください」

 

沢がつづけた。

 

副長を演じる俊冬は、久吉と沢のリアクションに面喰らったようである。馬上から、かれらを交互にみおろしている。

 

「馬鹿なことをいうんじゃない。おれは、おまえらを犠牲にしてまで生き残りたいとは思わぬ……」

「それは、おたがいさまですよね?」

 

俊冬がそういいかけたところで、久吉がそれにかぶせてきた。

 

うしろからついてきている歩卒たちに声が届かぬようちいさくはあったが、その鋭さは切れ味のいい日本刀よりも鋭かった。

 

「なんだと?」で口取りが的になるのは、当然のことでございます。わたしたちは、すでにその覚悟をしております。

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チートスキルの「暗示」である。

チートスキルの「暗示」である。

 

 島田とおれのうしろにいる兵卒たちの間から、気合の声や叫びがきこえてくる。

 

 敵が待ちかまえていて、たとえその数がこちらより多かろうと、「常勝将軍」土方歳三の指揮ならば、打ち勝てる、生き残れると信じきっている。

 

 そんな気合や叫び声である。

 

「よし、いくぞ」

 

 かれは満足そうにを細めると、馬を一本木関門の方角へと向けた。

 

 文字通り、かれにとって死地にあたる方角へ……。

 【公司審計】公司審計是什麼?需要如何進行?

 

 この期に及び、まだどうにかならないかとかんがえまくっている。

 

 が、いかなるかんがえも浮かばない。

 

 そうこうしているうちに、一本木関門がみえてきた。

 

 俊冬演じる副長が「竹殿」を止め、立川と大野、それから島田と安富に指示を送りはじめた。

 

 大野は兎も角、島田も安富も立川も、かたい表情のまま指示をきいている。

 

「なにをしている?はやく動かぬか」

 

 俊冬演じる副長が叱咤しても、動こうとしない。

 

「いまからでもおそくはありません。弁天台場へゆく道は、なにもここだけではないのです」

 

 島田がいった。

 

「なにを申す?迂回していては、ときがかかりすぎる。その間に、弁天台場にいる将兵が全滅してしまうだろうが」

「しないっ!」

 

 安富が叫んだ。

 

「全滅などしない。それは副長、あんたもわたしたちもしっている。ゆえに、迂回したところで問題はない。行き着けぬ方が問題だ。ちがうか?」

 

 安富の言葉に、大野は驚いている。

 

「才助さんの申される通りです。敵が待ちかまえているところに、なにも突っ込んでゆく必要はありません」

 

 さらに、立川も異を唱える。

 

 俊冬演じる副長の眉間に皺がよった。

 

「島田、才助、立川。に従わぬからと、おまえたちを更迭したくはない」

 

 副長演じる俊冬から、静かだが絶対的なオーラがでまくっている。

 

 三人は、口をつぐむほかない。

 

「あの……。陸軍奉行並……?」

 

 大野がおずおずといった。とはいえ、ほとんどきこえないほどの小声であったが。

 

 かれは、副長やおれたちの様子がおかしいことを訝しがっているようだ。「なんだ、大野君?」

「い、いえ。失礼いたしました」

 

 大野の人のよさそうなには、困惑がくっきりと刻まれている。

 

「あんた、誠に馬鹿だよ」

 

 安富は、そう吐き捨ててから兵卒たちのほうへとお馬さんを進めた。

 

 島田は、でかいを無言のまま左右に振っている。

 

 俊冬のことを、無言で非難しているのだ。

 

 それから、安富同様馬首を兵卒たちへと向けた。

 

 立川も同様である。おおきなため息��、無言で異を唱えている。かれもまた、お馬さんを兵卒たちのほうへと進めた。

 

 大野は、その三人と俊冬演じる副長をみくらべつつ、兵卒たちの方へと向かった。

 

「沢、久吉。おまえたちは、うしろに……」

「わたしたちは、口取りです。口取りがうしろに下がっていては不自然でございます」

 

 俊冬演じる副長が、残る沢と久吉に命じようとした。が、沢にぴしゃりといい返された。

 

「ったく……。だったら、おれのうしろにいろ。これは、厳命だ」

 

 俊冬演じる副長は、苦笑しつつそう命じた。

 

「主計」

 

 不意に呼ばれたので、「梅ちゃん」をよせた。

 

「途中で兵卒たちの隊列に、今井がまぎれこんだ。兵卒に身をやつしてな。ご苦労なことだ」

 

 俊冬に口の形だけで告げられ、心底驚いた。

 

 馬上であるため、リアクションはとらないよう必死で我慢をした。

 

「きみはなにもするな。対処するなら、おれがやる。隣人を愛することができるようになるまえに、神に召されることになるかもしれないがな。いいや。やつのいきつくさきは、おれ同様地獄だな」

 

 俊冬はちいさく笑った。その乾ききった笑声が、耳にこびりつく。

 

 その間に、布陣が終わっていた。

 なにせ、こちら側の兵卒の数はおおくはない。

 

 でっ、あっと思う間もなく戦闘が開始された。

 

「パン」

「パン」

「パン」

 

 乾いた銃声が、一本木関門周辺へと流れてゆく。

 

 味方も敵も、銃を撃ちまくっている。

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